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1-A話 足りないものA

 北森悠のプロのフリーターである。プロのフリーターとは、フリーターと違い、持てる力の全て、知識の全てを捧げてアルバイトに徹する者のこという。やってることこそ殆ど変わらないが、志が違う。詰まるところ、これからも一生アルバイトでいっか、という考えの将来無望な者たちのことである。


「ワンカートンですね?三千円になります」
 税率六割の商品をビニール袋に入れ、冴えないおっさんに手渡す。丁寧に、好感を持たれるようにと、マニュアルに書いてある動作を模倣して。
 提示した金額を受け取ると、これでもかというほど頭を下げ、
「ありがとうございましたー!」
 元気だけが取り柄です、みたいな挨拶をするのだった。

「いやー、北森君は本当に元気だね〜」
 後ろから背中をばんばんと叩かれ、プロのフリーターは振り返った。
「あ、店長。どうしたんですか?」
 いつも仕事中に店長が様子見に来ることはある。しかし、いつもと違って店長はやけにニコニコしていた。初老独特の皺のある顔が異常なほど笑顔に歪む。
「君は元気だ。バイトとして理想的だよ。うん、素晴らしい」
「はぁ、ありがとうございます」
 言葉の意味がわからなかった。ただ褒めるためだけに悠の元に来たわけでもあるまいし。
「――でもね。最近うちの経営が傾いてきたのは知ってるよね?」
「はぁ……」
 あぁ、なるほど。この時点で悠にはわかっていた。この後にどんな言葉が続くのか。
「だからね……。惜しいんだけれども……、うちには、もう……余裕が……」
「あの、すみません店長。僕、今日でバイトやめたいんですけど」
 悠は頭がいい。そして、優しい。店長は、『言おうとしていること』を口にすると罪悪感に苛まれるだろう。だから、悠は店長にそれを言わせなかった。言わせないで店長の望む方向へと話をもっていったのだった。
「え?本当かい!……いや、君ほどの人材を失うのは惜しいよ!実に惜しい!」
「すみません。育児の方が忙しくなってきちゃって、少しでも傍にいてやりたいんです」
「あー、空ちゃんだっけ?施設から引き取った子だよね?北森君は偉いな!まだ若いのに!」
 このとき、店長は笑顔だった。何かに安心したような、笑顔だった。



「ふぅ……」
 マイホームのボロ階段の下に自転車を停め、前についている籠からかなり重量のあるビニール袋を手にとった。
 ビニール袋の中身は、店長から空ちゃんに食べさせてあげなさいと、手渡されたものだった。中身はおにぎり、パン、お弁当、スナック菓子などなど、添加物満載のものばかりだが、店長の気持ちは素直に嬉しいし、その日暮らし悠には添加物が体に悪いなんて言ってる余裕もなかった。

 カンカンカン。
 錆ついて茶色に染まり切った階段を疲弊し切った足で登る。
 階段を上り切ってすぐ横にある部屋が悠の部屋だった。
 ガチッ。
 回りきらないドアノブ。空はちゃんと鍵を閉めたようだ。
「おーい、空。開けてください」
 今日は疲れた。明日から新しいバイトを探さないといけないし。しかし次に聞こえてくる空の『おかえり』で悠は元気になれるのだ。その声を聞くために頑張って働いているようなものだ。悠は鍵を使ってドアを開けなかった。空にドアを開けてもらって、『おかえり』と言ってもらうために。
「誰だ!」
 が、部屋の中から聞こえたのは、某タクティカルエスピナージアクションの敵兵の声真似をする空の声だった。
「え?誰って、悠ですよ」
「HQ!HQ!……こちらHQ!……敵を発見した!増援を送れ!……了解!増援を送る!それまで持ち堪えよ!」
 一人二役で無線通信をしている空。無線の内容は傍受しているわけでもないのに、敵――悠に丸わかりである。
 悠は空の悪ふざけにそろそろ疲れてきていた。空にドアを開けてもらうのは諦めて、自分でドアを開けてしまおうと、ポケットから鍵を取り出した。
 そのとき、俄然ドアが開いた。
「敵発見!おかえりっ!」
 赤い目が上目遣いで悠を見上げていた。
「あ、うん。ただいま」
 悠は唖然としていた。疲れが吹っ飛びすぎたからだ。
 そんな悠の手を引いて、家の中に連れ込もうとしている空は悠の手を見て、
「あー!自分で開けようとしてただろー?」
「え、うん」
「留守番してるのは俺なんだから、俺が開けるドアを開けるんだよ!わかったかー?」
「わかった。ごめん」
 空は腕組んで、頷き、
「わかればいいんだ。……死刑っ!」
「ええっ!なんでですか!」
 物騒な単語に、悠は我に返った。
「うるさい!撃てー!」
 空の右手に収まっていた輪ゴム鉄砲が火を吹いた。勿論、火を吹いたは比喩である。



「空。僕がいない間なにかありましたか?」
 真っ暗闇な中、悠は布団の方に話しかける。
「いやー、特に何もなかったぜー」
 空は、視認できないが悠のいる方向の床へと返事をした。
「そうですか。よかったです。来訪者とかはありました?」
「んー、変なおっさんがダンボール持ってやってきたけど、俺の輪ゴム鉄砲に恐れおののいて、逃げ去って行ったぜ!」
「全然何もなくないじゃないですか!なんで追い返してるんですか!」
「だって、テレビでおっさんが持ってくるダンボールの中身は爆弾ってやってたぜ?」
「それは日本ではありません!」
「そうなのか?」
「はぁ……」
 わかっていはいた。空に留守番をさせるのが、どういうことかぐらい。ただ、悠は空に期待したかったのだ。
「僕は今、とてつもなく疲れました。……お休みなさい」
「話してただけじゃんかよー」
 根拠も何もない予想だが、明日はもっと疲れそうだ。そんな不安が悠の胸の中に渦巻いていた。


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