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1-@話 足りないもの@

 北森悠には悩みがあった。
 六畳一間の典型的オンボロ激安家賃のアパートの一室には、部屋の中央であぐらを掻いて溜め息をついている眼鏡男――悠と、その周りを走り回っている少女がいた。悠の悩みとは今まさに悠の周りを人工衛星の如くグルグルと回っている少女のことだった。
「どかーん」
 回るのに飽きたのか、少女は悠の背中に体当たりを仕掛けてきた。人工衛星墜落。
 年端もいかぬ少女の体当たりなど、プロのフリーターである悠にとっては痛くもかゆくもないのだが、このときばかりは今までの人生の中の歯医者で経験したどんなことよりも痛かった。辛かった。精神的に。
「はぁ〜」
「おいおい、さっきから溜め息ばっかりだな。幸せ逃げるぞー」
 悩みの元凶に言われても……。
 どうも少女は男の子のような喋り方をする。
「空ー、頼むから静かにしてください。見たらわかると思いますが、僕は今猛烈に悩んでいるんですよ?」
「悩んでたのか?全く気が付かなかったぜ」
「察し――いや、なんでもないです……はぁ〜」
 流石に十一歳の少女に察しろとは言えなかった。
 なんの関係もないこの少女――空とつい一週間前に家族になったばかりの二十四歳のプロのフリーターは悩んでいた。空と家族になったことを悩んでいるのではない。今まで一人暮らしだった悠は、空と生活するために衣服やら食器やら色々と買い揃えたのだ。しかし、高価すぎて買えないものがあったのだ。プロのフリーターには少し辛い金額だった。
「布団、高いですね〜。はぁ〜」
 最も安いものでもプロのフリーターの月給に匹敵するぐらいの高価な品。それを買わなければならないのだから、溜息が出るのも理解できた。十一歳の少女には理解できないと思うが――
「別にいいじゃんかよー。今まで通り、俺が布団で寝て、悠が床で寝ればよぉー」
 やはり理解できていなかった。
「それでは僕が風邪をひいてしまいます」
「風邪薬飲めば?」
「……はぁ〜」
 悠の周りの空気がより一層重たくなった。



「では、しっかりお留守番しといてくださいね?」
 玄関で靴のつま先を地面に打ちつけて靴を履いている眼鏡男が言った。
「おう、任せろ!俺にかかれば、留守番など笑止千万だ!」
 黒いポニーテールで赤い瞳の仁王立ちをした少女が言い返す。
「激しく使い方間違ってますね。じゃ、頼みましたよ」
「頼まれたぜ!」
 自信満々の表情で悠を見送る空。悠はその自信満々の表情に不安を覚えるのであった。
「いってきます」
 もう一度だけ、空の顔をちらっと見る。依然、自信満々。悠はまた溜め息をつき、家を出た。
「いってらっしゃい!」
 後ろから元気のいい、不安にさせる声。
「頼むから帰ってくるまで何もしないでくださいよ……」
 誰に言うでもなく、悠は小声で呟いた。
 それから、鉄の階段をカンカンと甲高い音を響かせながら下り、階段の真下に停めてあった自転車でバイト先のコンビニへと向かった。
 桜舞い散る土曜の午後。アクシデントの種は一人家に残された。



 人間、一人になれば精神的に開放されるもので、それは普段から解放状態の空も例外ではなかった。
 昼下がりの洗濯日和な午後。空は窓際に寝っ転がって日向ぼっこをしていた。
「うおー。あちぃー」
 とか言いながら。

 普段は学校のある時間帯だが、今日は土曜日で学校はお休みである。そのおかげで、一人の危険分子が放置されていた。それも、暇になればなるほど危険度を増すという性質の悪いものだ。
「暇だなー。なんか日向ぼっこ飽きたなー」
 小学校五年生の空。友達は体中の毛穴の数ほどいると本人は言う。それは大袈裟すぎるとして、事実空には沢山の友達がいた。
 さっぱりした性格。とっつき易さ。運動神経の良さ。人気者要素満載の空に友達ができないわけがなかった。
 今日も近所の関ヶ原公園でサッカーする約束があったのだが、今日ばかりは断った。それは、初めて留守番にチャレンジするからだった。
 今まで悠は、空は目を付けてないと何をしでかすかわからないので、バイトは必ず深夜にシフトを入れていたのだが、時給が上がる深夜は人気で、事情があるとはいえ、ずっと深夜に入れてもらうのは悪いと思い、思い切って今日、昼間に出たのだった。空を家に留守番させて。
 リスクの重さは重々承知。しかし、悠は空を留守番させることに挑戦した。リスクを恐れていては何も得ることはできない。悠の座右の銘で、この世の真理っぽいことである。
 空はというと留守番させてもらうことが、自分が悠から信頼されているのだと受けとっていた。間違いではないのだが、信頼が一パーセントで不安が九十九パーセントぐらいであることに空は気付いていなかった。または、一パーセントでも信頼されていれば信頼されていると認識しているのか。どっちにしても、空の機嫌はよかった。
 だからだろうか、さっきから鼻歌交じりに割り箸と輪ゴムで工作をしているのは。

 鼻歌が止み、代わりに思案の唸り声聞こえるようになってから数分後、割り箸と輪ゴムでできた簡単な輪ゴム鉄砲が空の手に収まっていた。
「できたー!!」
 アクシデントの種が芽を出した瞬間であった。


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