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1-B話 足りないものB

 昨日までのアルバイト詰めの重労働とバイトを首になったという精神的ダメージは相当のものなのか、いつもは日曜日でも七時には起きて、空の朝食の用意をする悠なのだが、今日は九時を回った現在も寝息を立てていた。

 そして、いつもなら朝食が用意されているはずの時間に、朝食が用意されておらず、腹を立てている者もいた。
 口と目を縫いつけられた不気味なピンク色の熊のぬいぐるみを片手に持ったパジャマ姿の空が悠の枕元にしゃがみ込んで、寝顔を覗きこんで――睨みつけていた。
 そんなこと恐ろしいことになっているとは寝ている悠が気付くはずもなく、依然寝息を立てている。
「おい!悠!おーきーろー!」
 悠の体を揺さぶりながら呼びかけるが、そんなことあまっちょろいことでは悠の眠りを覚ますことはできなかった。

 その作業が何回かループし、依然起きない悠に、空は揺さぶるだけでは起きないことを悟り、
「ここをこうして、こうして、こうで――」
 昨日作った割りばし鉄砲に弾を装填し始めた。
「よし!そうてんできた!」
 空の握っている割りばし鉄砲は、引き金と連動している部分に輪ゴムが掛かり、引き金を引けばすぐに発射できる状態になっていた。
「さいしゅうけいこくだ!あと三秒でおきろ!……3……2……1……けいこくをむししたので、こうげきをかいしする」
 いきなり最終警告で攻撃するのもどうかと思うが、空は引き金を引いた。そのときの銃口と悠の額の距離、僅か数センチ。
 ほぼゼロ距離射撃の状態から外すわけもなく、見事に悠の額にクリーンヒットした。
「つあっ!?な、なにごとですか!」
 弾着とほぼ同時に目を覚ます悠。
「悠がおきないからだろっ!何時だとおもってるんだよ!」
 そう言うと、空は手に持った目覚まし時計を悠に突きつけた。『突きつけた』というよりは、『着きつけた』の方が正しい。何故なら、近すぎて、悠の額にこれまたクリーンヒットしていたからだ。
「とあっ!!近すぎます!」
 悠は、額と触れ合っている目覚まし時計を空からひったくり、額をさすりながら時計に目をやった。
「何時って……九時ですね」
「そーだ。それで、メガひゃっかてんがかいてんするのは何時だ?」
 悠は起きたばかりの冴えない頭で少し思案する。
「……十時でしたっけ?」
「そのとおり。つまり――」
 そこで空は一呼吸置き、小さな胸一杯に空気を吸いこんで、
「とっとときがえて、ひゃっかてんにいくぞーっ!!!」
 日曜日の穏やかな朝に、空の怒号が響き渡る。
「は、はいっ!」
 その迫力に、悠は訳がわからず返事をしてしまっていた。



「おそい!まちにまったぞ!」
「おかしな日本語ですね」
「うるさい!ほら!はやくいくぞ!」
「はいはい。わかりましたよ」
 空に促されて、家の鍵を閉める悠は、青いジーパンに白い無地のTシャツ姿だった。地味な服装だが、その地味さが控え目な性格の悠にとても似合っていた。
「ひゃっかてんにいくんだから、もっとおしゃれしていけよなー。あのひゃっかてんだぞ?」
 言葉遣いはともあれ、流石現役女の子。お洒落には敏感なようである。そんな彼女は純白のキャミソールに白黒チェック柄のフリル付きミニスカート、黒いニーソックスという普段は絶対にしないような服装に、気合の入り様が伺えた。



「それにしても、なんでいきなり百貨店に行くなんて言いだしたんですか?」
 灰色の歩道を歩きながら、数歩前を歩いている空に話しかける。
 空はクルッと振り向き、後向きに歩きながら、悠を睨みつけて言った。
「……おぼえてないのか?」
 その空の形相にたじろぎながらも悠は頷いた。
「わすれんなよー。きのうのよるにやくそくしただろ」
「夜……?何のことです?」
「ねるまえに、明日ひゃっかてん行こうぜって言ったら、わかりましたって言ったじゃんかよー」
「んー?んー……ん?……あーあーあー。そんなこと言った気もしますね」
「なんでちゃんとおぼえてねーんだよっ!」
 悠の前方から腹部に目掛けて突進する空。当然、避けられずに空のショルダータックルを食らってしまう。
「うがぁっ!……うー。痛い。痛いですね……」
「悠がわすれるからだろーが!」
「確かに、僕が悪かったです。でも、暴力はいけませんよ。貴方は女の子なんですから」
「うるせー!」
 空は、足を自分の頭よりも高く上げ、そこから踵を振り落とす。
 ガスッ。
 見事な踵落としが、腹を押さえて地面にうずくまっていた悠に決まった。
「ぎゃあああああっ!」
 悠から悲鳴が上がる。腹を押さえていた手は、悠の後頭部を押さえていた。
「空!ちょっと元気すぎですよ!」
「元気がいちばんって先生が言ってたぞ!!」
「空の場合は、度を越しています!!!」
 公道で喧嘩を始める空と悠は、親子というより、兄妹のようだった。


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